1.はじめに
現在,急速に普及しつつあるインターネットは,産業のみならず教育の分野にも貢献するところが大きい.学術研究のためにインターネットをいち早く取り入れた天文学界においても,インターネットは今や天文学の普及や教育を行うための重要な手段の一つとなっている.例えば,国立天文台のホームページには,「すばる」望遠鏡などの最新の観測装置による天体写真が一般公開用として数多く掲載されている.また,アメリカ航空宇宙局 (NASA) のホームページでは,「ハッブル宇宙望遠鏡」による美しい天体画像が公開されており,天文学の教育・普及活動が積極的になされている.これらのウェブサイトからインターネットを通じて発信される最新の科学データ(天体画像)には,学術的な価値もさることながら,画像そのものの美しさがあり,天文学の専門知識のない一般の人にも大きなインパクトを与えている.壮大な自然の姿には,時として見る者を圧倒する迫力や壮麗さがある.学校教育・社会教育において,このような自然の美しさや不思議さを伝え,興味を喚起するためには,正確で面白い科学データを美しく視覚化することが重要であろう.しかしながら,国内外の天文学の研究機関のホームページを見渡してみると,各研究機関そのものの紹介にとどまっているものが多く,天文学の教育・普及という観点は見落とされがちである.
ガスやダスト(宇宙塵)の塊である暗黒星雲は,太陽のような恒星や地球のような惑星が生まれる「星の誕生の場」であり,銀河系の進化過程において重要な役割を果たしている(例えば,福井,1998).それゆえ,暗黒星雲は特に星形成の分野において,重要な研究対象となっている.しかしながら,暗黒星雲は,通常背景の星の減光として観測されるため,その光学写真は光を放つ他の天体(例えば,超新星残骸,電離水素領域や系外銀河)の場合と比べて,「美しい画像」とは言い難い.暗黒星雲は,より馴染みの薄い,イメージとして捉えにくい天体であると言える.暗黒星雲の光学的な画像を扱っている日本国内のホームページも,ほとんど見当たらない.
平成10年以来,我々の研究グループでは暗黒星雲の全天探査に取り組んでいる.これは,全天を網羅する光学写真のデータベースであるDigitized Sky Survey I (Lasker, 1994;以後,DSS) をスターカウント法で解析し,暗黒星雲の全天アトラスの作成を目的とする学術研究である.この研究により,かつてない広さで暗黒星雲の全体像を詳細に浮かび上がらせることができる.平成13年7月現在,学術研究の結果をまとめつつある.得られた暗黒星雲の画像は,科学的に精密で,かつ自然の神秘を感じさせる美しいものであり,イメージとして捉えにくい暗黒星雲の新しい教材として十分に役立つと期待される.
上記の研究で得られた暗黒星雲の画像を「暗黒星雲博物館」としてまとめ,インターネット上で公開する.暗黒星雲の新しい教材として,学校教育・社会教育の場に提供することが目的である.この教材の特徴は,暗黒星雲の正確な分布をかつてない広さで描き出し,インターネットで手軽に閲覧できるようにした点である.本教材に先立ち,我々は同様の手法で暗黒星雲の減光量や質量を定量する大学の学部低学年向けの実験テーマも別途開発した(神鳥 ほか,2001).本教材とセットで講義・演習を行うことにより,暗黒星雲のより深い理解を学生に持たせることができると考える.
暗黒星雲画像のもととなった光学写真データ (DSS) や,画像を得るための手法(スターカウント法)の概要を,第2章で述べる.第3章では,実際の暗黒星雲画像を得るまでの具体的な作業過程について述べる.インターネット上に公開したホームページ「暗黒星雲博物館」の概要を,第4章で紹介する.第5章では,実際に暗黒星雲博物館を教育の場で活用するための例について述べる.本論文のまとめを,第6章に示す
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