西浦クンの「エトセトラ」
インターネットを活用して力技でHR図を描いてみた(2010.04.02)



はじめに:フリーウェアを用いた天文教育に関係した記事の執筆を頼まれた。テーマは散開星団・球状星団のHR図である。これは勿論、我々がフリーウェアを用いたHR図作成の教材開発を行っているからなのであるが、教材セットはまだまだプロトタイプであり、学会報告(柏木・西浦・土橋, 日本天文学会, 2009年秋季年会, Y11b)に漕ぎ着けたとは言え、完成度・実用性は今ひとつである。どうもこの教材を記事にするだけでは、自分としては物足りない。そこで以前、HR図作成に関して思いついたことを、本格的に試してみることにした。

普通、我々研究者が特定の星団のHR図を得ようと思った場合、観測を行ってデータ処理を行うか、偉大な先人達の論文をチェックするかである。望遠鏡の観測時間を得るためには、その研究意義が審査され、観測計画が採択されなくてはならない。まぁ研究ではなく教材作成が目的であれば、まずどこの観測所もまともな観測時間は割り当ててくれない(勿論、例外はいくらでもある)。さらに最近では、データアーカイブを漁ると、観測済み・解析済みの画像データがわんさか出てくることもある。さらに、ターゲットが典型的(typical)かつ古典的(classical)な星団であれば、大抵何らかの研究報告がなされているので、研究論文を検索するのも有効であろう。ただ論文を検索して、その中からHR図を得るというのは、研究者以外の方々には意外と大変な作業となる。そこで、ここではインターネット上で誰もがアクセスできるデータベースから、星団の情報を手に入れ、それに基づいてHR図を「簡単に」作成することを試みたい。ただし、その手順は必ずしもスマートでは無いことを予め公言しておこう、だからタイトルに「力技」というキーワードを入れてある。

星団サンプル:今回はメジャー(前述したtypical and classicalと同義と受け取って欲しい)な星団のHR図を作成する。そこでサンプルは、高校生が小遣いで購入することも可能な『理科年表』から選ぶことにした。ちなみに筆者の手元にあったのは平成21年度版である。理科年表の天文部に「銀河系内の星団」という項目があり、ここで主な散開星団と球状星団が記されている。ここではあまり深く考えず、適当に球状星団M3を選ぶことにする。図1に、筆者が東京大学木曽観測所の105cmシュミット望遠鏡と2kCCDカメラで撮影したM3の可視光画像、表1にその基礎データを掲げる。

 
観測日2002年01月06日
積分時間Bバンド:180sec
Vバンド:180sec
Rバンド:90sec
観測者T. Soyano,
S. Nishiura
(U-Tokyo, IoA, Kiso)
気象条件晴:ただしseeing大
(図1: M3の可視光画像)


名称M3
NGC5272
赤経(J2000.0)13h 42m 12s
赤緯(J2000.0)+28d 23m
距離3.39万光年
(表1: M3の基礎データ)


データベース:データーベースにもいろいろあるが、今回はCDSが管理・運営する各種情報源の中から、VizieRを使用する。VizieRには大量のカタログデータが登録されており、天体名や天体座標、カタログ名などのキーワードを入力すると、これに合致した登録情報を延々と表示してくれる。例えば"天体ABC"を中心に"半径xxx分角以内"にある天体で、カタログ名に"IRASというキーワードが入っているもの"を1000天体ずつ表示せよ、などということが出来るのである。そうそう、なので調子に乗って表示天体数を1万個などにすると、検索結果がなかなか表示されなくなるので気を付けること。

HR図作成のためのデータ取得:図2はVizieRのトップページの画像である。入力スペースが沢山あるが怖がる必要はない。今回はあえてデータベースをSloan Digital Sky Serveyに指定しよう。一番上の「Direct access to Catalogues from Name orDesignation」の空欄に『SDSS』と入力する。続いて、その少し下にある「Target」にサンプル星団の名称『M3』を入れ、「Target radius」にサンプル星団を中心に検索したい領域を指定する。例えば『10』を入力して、『arcmin』『Radius』を選べば良い。また、HR図を作成するにはそこそこ星の数が必要なので、「Maximum Entries per table」から『100』を選ぶ。これでカタログ毎に最大200個の天体を表示してくれる。最低限の情報入力はこれでOK。右端にあるボタンの中から「Find Data」をクリック。しばらくすると、図3のような結果が表示されてくる。

(図2: VizeiRのトップページ)
図をクリックすると拡大表示されます。

(図3: VizeiRの検索結果)
図をクリックすると拡大表示されます。
結果はSDSSを冠した幾つかのカタログの中から、M3を中心にした半径10分角の円内部に位置する全ての天体を、M3に近い順に100個が表示されている。SDSSは幾つかリリース・バージョンがあるが、ここでは最初に表示される Release 7 の情報を使うことにしよう。検索結果には、一行毎に一天体の座標や等級値、データの質などが記述されている。これを1行目から100行目までマウスでドラッグして色調を反転させよう、そこそこ時間がかかるかも知れないが、まぁ大したことは無い。そしてこれをコピーして、その情報を別のエディタ(筆者は秀丸エディタを愛用している)上にペーストする。すると非常に判り難いが、確かに1行あたり1天体の情報がコピーされている。これを適当なファイル名で保存しておこう。これで作業の90%は終了である。

HR図の描画:保存したファイルの情報を用いてHR図を描くことができる。描画には gnuplot かN-Graphが良いだろう。なお、N-Graphはシェアウェアだが、事実上フリーウェアと同様に使用することができる。HR図作成に必要な情報は、M3に属する恒星の最低2バンドの等級の値である。SDSSでは波長の短い方からu'バンド(359nm帯)、g'バンド(486nm帯)、r'バンド(629nm帯)、i'バンド(771nm帯)、そしてz'バンド(922nm帯)での等級が測定され、先程保存したファイルでは、このバンド順に、12列から16列目にデータが格納されている。そこで、例えば横軸にカラー(g'-r')、縦軸に見かけの等級g'をとることにして、これをN-graphで描画させると、図4のような見事なHR図が表示された。さらに、これを1000天体で作りなおすと、図5のようになる。さすがにここまで来ると、教科書に出て来るようなHR図である。

(図4: M3のHR図、100恒星)

(図5: M3のHR図、1000恒星)

考察:100恒星で描いたHR図よりも1000恒星で描いたHR図の方が、より明瞭な色・等級関係を示してくれるのは、統計上当たり前である。具体的にはルート(1000/100)で約3倍は良いデータになっているはずだ。ただし図4の100恒星で描いたHR図であっても、「主系列星(Main-Sequence)」「赤色巨星分枝(Red-Giant Branch)」「水平分枝(Horizontal Branch)」などは比較的良く見えている。「転向点(turn-off point)」は精度良く読み取ることは難しいが「この辺りかなぁ」というぐらいには議論出来そうだ。勿論、これらは1000恒星を用いた図5では文句無く読み取れる。中学・高校、そして大学1・2年生の実習ならこのくらいのHR図が描ければOKじゃなかろうか。何よりも、このHR図を描くためにかかった時間は、たった15分程度(グラフの見栄え調整を含む)である。パソコンに慣れていない人でも45分程度でHR図を一つは作成できる気がする。

展開:ここまでのHR図が簡単に描けるのであれば、次の段階は1)もっと多くの星団のHR図を作成すること、2)等時曲線と併せること、である。是非チャレンジしたい。


西浦クンの「エトセトラ」トップページへ

西浦クンのお部屋トップページへ

東京学芸大学天文学研究室ホームページへ

東京学芸大学宇宙地球科学分野ホームページへ

東京学芸大学ホームページへ

Created: Tue Nov 14 18:29 JST 2006
Last modified: Fri Jan 15 11:35 JST 2021

If you have any question, please contact with If you have...